| EF12形電気機関車 | ||||||||||||||||||||
| 概要 | ||||||||||||||||||||
| 昭和16年に誕生した貨物用直流機関車で17両が製造された。上越線などの勾配線区用にEF10の出力を増強したもので、具体的には1時間定格出力を250kW強化して1600kWとした。戦前・戦時の傑作機とまで言われた名機で、昭和57年に全廃されるまで41年もの永きに渡って活躍した。 誕生当初、EF12形機関車は東海道線での戦時貨物輸送に活躍していた。しかし、戦局の悪化に伴ない北海道からの運炭列車の主要ルートを太平洋側・東北線から日本海側・上越線経由ルートに変更する事になり(太平洋沿岸に接近するであろうと予想された連合艦隊の艦砲射撃を避けるため)、上越線に信号場を多数増設する事が計画された(戦時に開設された信号場についてはこちらを参照)。そして、それらの信号場が完成して上越線の列車の増発が可能になり始めると(昭和19年頃)、国府津機関区から水上機関区への転入が始まり、戦時の運炭列車牽引という重責を任される事になる。一部の列車では、重連で1100トン列車を牽引していた。 終戦後も水上機関区への転入は続き、昭和22年頃になると全17両の配置が完了。しかし、直後の昭和22年4月、高崎~水上間の電化完成により電気機関車の運用範囲が広がったため、同年8月に全機が高崎第二機関区へ転出。さらに昭和31~33年にかけて宇都宮・新鶴見・長岡第二機関区などへ全機が転出した。しかし、昭和42・43年頃になると再び高崎第二機関区へ転入し、晩年は吾妻・両毛線などを中心に細々と活躍していた。 全17両のうちの13両は高崎第二機関区で廃車の日を迎えている。 |
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| 機関車の諸元 | ||||||||||||||||||||
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