歴史的背景から述べると、上越線というのが「高崎と長岡を結ぶ路線」として認可された経緯がある。しかも、今回開業した上越南線新前橋~渋川間の列車ダイヤを見ると、新前橋発着の列車は設定されず全ての列車が高崎まで運行されていた(一部は上野まで直通)。そこで、今回列車が運行を開始した区間である「高崎~渋川」を、上越南線最初の「開通区間」とした記録があるが、当ページでは以下の3点の理由により「新前橋~渋川」を最初の開通区間とした。
1、今回完成した第2工区は「新前橋~渋川」であり、この時点で、まだ未完成である上越南線の第1工区「高崎~新前橋間」が存在している。
2、今回運行を開始した上越南線の列車達は、高崎~新前橋間では既設の両毛線の線路に乗り入れる形で運行している。その両毛線の線路のすぐ脇では、上越南線第1工区の建設工事が進められていた。
3、「高崎~新前橋間」が上越線の営業区間に含まれるようになったのは昭和6年の上越線全通の時で、上越線の前身である「上越南線」の営業区間は「上越線」と改称されるまでずっと新前橋起点のまま。つまり、高崎~新前橋の籍は両毛線のまま。
以上のような理由により、当ページではこの時点での上越南線の開通区間を「新前橋~渋川」とする事にした。
ただ、こうなると釈然としないのが第1工区「高崎~新前橋」の存在。実は、第2工区である「新前橋~渋川」の開通から遅れる事半年、翌年(大正11年)の1月にこの第1工区が完成して3月から実際の営業運転で使用されるようになった。しかし、この「上越南線」の第1工区完成で新設された部分は、上越線全通までの永きに渡って「両毛線」の区間とされた経緯がある。上越南線第1工区として建設され、できあがったら両毛線。しかし、その線路を走行するのは上越南線の列車のみ…。
この辺りの詳しい話は、このあとの<大正11年3月15日~>編で。
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