| -はじめに- 急行「奥只見」は主に只見線を運行していた列車ですが、上越線に乗り入れていた時代もあるなどで上越線とも縁深いので、「上越線あれこれ」のページに公開しています。 |
| 急行「奥只見」の生涯 |
昭和46年8月29日の只見線全通時、上野~只見間の気動車急行として誕生した。誕生時は臨時急行として運行され、上野~小出間は急行「鳥海1号」との併結運転だったが、翌47年3月のダイヤ改正以降は、この改正で上野発着に変更された急行「よねやま」も新たに併結されるようになった。わずか半年間ではあったものの、3つの急行による多層建て列車となった時代である。その後、同じ年の10月に実施されたダイヤ改正で、急行「奥只見」は定期列車に格上げされたうえ、運行区間を小出~会津若松間に改められた。消滅区間となった上野~小出間は、勢力を拡大しつつあった特急「とき」が受け持つような格好になり、この改正前後で上野~只見間(小出乗換え)は約45分短縮された。使用車両はキハ28・58の3両編成。また、定期列車にはなったものの、積雪が多くなる12/1~3/31の期間は運休となっていた。昭和57年11月に上越新幹線が開業するまで、しばらくこの状態が続く事となる。 |
昭和57年11月15日、上越新幹線が大宮暫定開業をすると、急行「奥只見」号は新幹線接続駅である浦佐駅発着に変更となる。新幹線を利用して奥只見方面を訪れる観光客の利便性を確保する為だと思われるが、途中の小出駅で10分ほどの停車時間があり、時間短縮よりも乗換えの手間を1回分省く為に浦佐延伸になったような印象を受ける。しかし、上野~只見間(浦佐乗換え)の所要時間は在来特急「とき」時代よりも延びてしまい、しかも大宮駅での乗換が1回分増えた分、利用客には不便な改正になってしまった。おまけに、新幹線になって料金は高くなったのだから、只見方面へ向かう利用者にとって何一つメリットがない上越新幹線の大宮暫定開業であった。なお、いつ頃からなのか不明だが、例年なら12/1~3/31まで運休となる期間中の年末年始に限り、只見~浦佐間で奥只見号を運行する日が設けられている。
デビュー当時から3両編成だった「奥只見」は、昭和60年3月の時刻大改正(東北・上越新幹線上野開業)を機に2両編成になったが、昭和62年4月のJR発足以降も運行は続けられた。しかし、小出駅での停車時間は20分以上となり、急行らしからぬ停車時間となっていた。しかも、その停車時間中に浦佐方面の上越線・普通列車に先を譲るようなダイヤになっており、もはや、小出~浦佐間はオマケといった感じになりつつあった。
どうにか細々と生き延びてきた急行「奥只見」号だったが、翌63年3月に実施されたJR化後初の全国規模のダイヤ改正で、16年半に及んだ歴史に幕が下ろされた。皮肉な事に、「奥只見」号の冬季運休期間中である3月13日にダイヤ改正が実施されたため、冬季運休突入前日である前年の11月30日がこの列車の事実上の廃止日である。廃止の際、惜別列車等の特別な列車が運行されたか否かは不明だが、何とも寂しい最期であった |
| 運転時刻 |
|
※下線付きの時刻は到着時刻。↑↓は通過。全停車駅掲載。
※上り・下りは上越線内基準。只見線内は、上り・下りが逆。
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| 【昭和46年8月デビュー時】 |
|
【定期列車化後】 |
| ・上野~小出間、急行「鳥海1号」併結・下り土曜、上り日曜運転の臨時列車 |
・昭和49年8月現在の時刻 |
| 下り |
上り |
| とき2号 |
奥只見 |
とき11号 |
| 下り |
上り |
| 10:42 |
17:22 |
上野 |
7:38 |
|
|
20:49 |
| 10:52 |
17:10 |
赤羽 |
↓ |
↑ |
| 11:13 |
16:55 |
大宮 |
8:00 |
20:27 |
| 11:38 |
16:29 |
熊谷 |
↓ |
↑ |
| 12:10 |
15:59 |
高崎 |
8:50 |
19:38 |
| 12:29 |
15:33 |
渋川 |
↓ |
↑ |
| 13:01 |
15:01 |
水上 |
↓ |
↑ |
| 13:31 |
14:13 |
越後湯沢 |
9:54 |
18:26 |
| 14:14 |
13:36 |
小出 |
10:20 |
10:23 |
17:58 |
18:01 |
| ↓ |
↑ |
越後広瀬 |
|
10:31 |
17:49 |
|
| 14:30 |
13:22 |
越後須原 |
10:41 |
17:40 |
| 14:40 |
13:12 |
入広瀬 |
10:51 |
17:31 |
| 14:49 |
13:03 |
大白川 |
11:00 |
17:21 |
| 15:09 |
12:39 |
田子倉 |
11:21 |
16:59 |
| 15:18 |
12:27 |
只見 |
11:31 |
16:47 |
| |
|
越後川口 |
12:10 |
16:05 |
| 会津宮下 |
12:33 |
15:40 |
| 滝谷 |
12:42 |
15:31 |
| 会津柳津 |
12:53 |
15:20 |
| 会津坂下 |
13:09 |
15:03 |
| 新鶴 |
13:16 |
14:57 |
| 会津高田 |
13:24 |
14:49 |
| 会津本郷 |
13:31 |
14:43 |
| 西若松 |
13:37 |
14:37 |
| 会津若松 |
13:42 |
14:32 |
| 4時間36分 |
4時間55分 |
上野~只見
所要時間 |
3時間53分 |
4時間02分 |
|
| 【上越新幹線開業時】 |
|
【廃止時】 |
| ・昭和52年11月現在の時刻 |
・昭和62年11月現在の時刻 |
| 下り |
上り |
下り |
上り |
普通523M
とき301 |
奥只見 |
リレー50
とき316 |
とき401 |
奥只見 |
とき418 |
| 5:40 |
|
|
20:57 |
上野 |
6:22 |
|
|
20:26 |
6:08
6:35 |
20:31
20:10 |
大宮 |
6:42 |
20:05 |
| 6:52 |
19:54 |
熊谷 |
6:59 |
19:50 |
| 7:11 |
19:35 |
高崎 |
7:16 |
19:33 |
| 7:29 |
19:16 |
上毛高原 |
7:34 |
19:15 |
| 7:45 |
19:00 |
越後湯沢 |
7:48 |
19:01 |
| 8:00 |
8:17 |
18:19 |
18:44 |
浦佐 |
8:02 |
8:12 |
18:35 |
18:46 |
| |
8:27 |
18:08 |
|
小出
(発着) |
|
8:22 |
18:25 |
|
| 8:44 |
17:58 |
8:44 |
17:59 |
| 8:53 |
17:49 |
越後広瀬 |
8:53 |
17:51 |
| 9:01 |
17:40 |
越後須原 |
9:01 |
17:42 |
| 9:11 |
17:31 |
入広瀬 |
9:11 |
17:33 |
| 9:29 |
17:21 |
大白川 |
9:29 |
17:23 |
| 9:50 |
17:00 |
田子倉 |
9:50 |
17:02 |
| 10:01 |
16:47 |
只見 |
10:01 |
16:50 |
| 10:40 |
16:06 |
越後川口 |
10:36 |
16:13 |
| 11:03 |
15:44 |
会津宮下 |
10:58 |
15:50 |
| 11:13 |
15:34 |
滝谷 |
11:08 |
15:40 |
| 11:24 |
15:23 |
会津柳津 |
11:18 |
15:29 |
| 11:40 |
15:02 |
会津坂下 |
11:34 |
15:11 |
| 11:46 |
14:55 |
新鶴 |
11:40 |
15:04 |
| 11:54 |
14:47 |
会津高田 |
11:48 |
14:56 |
| 12:01 |
14:41 |
会津本郷 |
11:54 |
14:51 |
| 12:12 |
14:36 |
西若松 |
12:00 |
14:45 |
| 12:17 |
14:30 |
会津若松 |
12:06 |
14:39 |
| 4時間21分 |
4時間10分 |
上野~只見
所要時間 |
3時間39分 |
3時間36分 |
|
| 略史 |
| 昭和46年8月29日 |
只見線全通・急行「奥只見」誕生、上野~只見間を週末に一往復(冬季運休)、
上野~小出間は急行「鳥海1号」との併結運転。 |
| 47年3月15日 |
上野~小出間に急行「よねやま」が加わり、同区間はキハ58系・14連で運転。 |
| 47年10月2日 |
運転区間を小出~会津若松に改めると共に、定期列車化(ただし、冬季は運休) |
| 57年11月15日 |
上越新幹線開業にあわせ、浦佐駅発着に変更 |
| 60年3月14日 |
時刻改正を機に、3両編成から2両編成へ |
| 62年4月1日 |
JR発足 |
| 63年3月13日 |
ダイヤ改正、急行「奥只見」廃止 |
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