| 山と川に挟まれた小出駅のワケ | ||||||||
上越線・小出駅について。小出町の市街地は「魚野川・羽根川・佐梨川」という3つの川に囲まれているため、上越北線(上越線全通以前は、群馬側を南線・新潟側を北線と呼んでいた)開業以前は船運の要衝地として栄えていた。北線が開通する以前、この辺りの人が東京に出かける際は、
そのため、この不便を一気に解消してくれる上越線の建設が決定した際、町の人々は大いに歓迎したに違いない。しかし、建設当局が線路位置の測量を行って小出駅の場所が「青島」という地区に決定した事が伝えられると、魚野川を挟んだ対岸の市街地側の住民から一斉に異議が唱えられた。市街地側の住民にしてみれば、魚野川を挟んだ対岸の土地に駅の建設予定地が決定したのは予想外だったようである。 鉄道省が示した小出駅の位置案に異議を唱えた市街地側の住民は、鉄道省案の対案として市街地区に駅を設けるように要求した(現在の諏訪・稲荷町付近)。しかし、鉄道省案を支持する青島地区の住民がこれに反対したため、次第に小出駅の誘致合戦が激化し、最終的には政治を巻き込む問題へと発展する。この騒動に対する鉄道省の考えを示す資料はなかったが、市街地側から提案された駅の位置にすると、その駅のためだけに魚野川を渡る橋梁を2つも建設しなければならない。もしそうなれば北線建設の期間と予算を大幅に増大させる事になるので、市街地案を検討する余地は恐らくなかったろう。 さて、政治を巻き込む誘致合戦に発展した騒動の結末だが、最終的には鉄道省の青島案にも市街地案にもならず、両者に対して一定の配慮をした現在地に決定した。以下に、これまでの位置関係を図にしておく。 |
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| 当初の予定地より随分と市街地に近くなったため、一見すると市街地案にかなり配慮したような印象を受ける。が、市街地側の住民が上越線を利用する際、大きな川幅をもつ魚野川を渡るという不便さが依然として残されたので、両者引き分けといったところであろうか。 こうして何とか決着をみた小出駅の誘致合戦だったが、当初の鉄道省案なら駒見山や魚野川から離れた広い平地に建設されたのだが、妥協案として仕方なく決定した現在地は両者に挟まれたわずかな平地だった。現在の小出駅の駅舎から外に出るとすぐ目の前に山があるという印象を受ける。また、駅舎から一番遠い所にある只見線のホームの向こうには、木が生い茂っていてわかり難いものの、魚野川の河川敷がすぐに迫っている。航空写真で見てみるとよくわかるが、「猫の額ほどの平地に小出駅がある」という印象を受けるかもしれない。 以下、あくまでも仮定の域を出ない話ですが― 小出駅が当初の鉄道省案のまま建設されていたら 昭和40年に開業した隣の八色駅はなかったかも・ 小出駅が当初の鉄道省案のまま建設されていたら 市街地に只見線の駅が出来ていたかも・・ 小出駅が当初の鉄道省案のまま建設されていたら 上越新幹線の駅は浦佐ではなく小出に出来ていたかも・・・ |
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