| 停まってよ… ~上越線・井野駅のハテナ~ |
| まず、井野駅の奇妙な現象から。 井野駅は昭和32年12月20日に信号場から駅に昇格した上越線所属の駅である。それにもかかわらず、 1、古い時刻表では、上越線のページに「井野」を掲載してもらえなかった 2、掲載されているのは、親戚の両毛線のページのみ 3、「上越線にある駅」が「上越線の全ての列車に通過」をされる というありさまだった。しかし、井野駅の悲劇はこれだけではなかった。 井野駅に停車する両毛線の列車には、時刻表を見る限りでは次のようなさらなる条件があった。 高崎~桐生・伊勢崎・小山間運行のいわゆる線内完結型(厳密には高崎は上越線ですが)の各駅停車(気動車を使用)のみが井野駅に停車し、上野から直通して両毛線に乗り入れる各駅停車(電車、客車を使用)は全列車通過。 これを下り列車の一日の運行本数に当てはめてみると、停車13本・通過18本になる(S33.10.1改正:両毛線時刻表から)。当然、上越線の列車は全て通過だった。何故このような珍現象が起こったのかを解き明かす詳しい資料が見当たらなかったが、次の様な事を推測してみた。 駅の利用客が少なかったのは当然の事ながら(駅周辺は畑ばかりだった)、当時井野駅に設置されたホームが短かったのでは?という仮定である。比較的編成が長かった上野発着の各駅停車は、ホームが短い井野駅を通過せざるを得なかったが、編成が短かったであろう両毛線ローカルの気動車は、井野駅の短いホームに停車できたのではないだろうか。もっとも、これは「井野駅のホームが短かった」という前提での都合のいい推測なので真相はわからない。 それにしても、高崎と新前橋という大きな駅に挟まれた井野駅はさぞかし肩身が狭かったろう。加えて、信号場から駅に昇格しても停車する列車の本数に大きな変化がなく、駅に昇格したメリットが特に見当たらないという、何とも寂しい開業でもあった。数少ない井野駅停車の列車を待っている時に、目の前を通過していく「各駅停車」を見た当時の利用客はどう思ったのだろうか。 「各駅停車なら停まってよ…」 こう思った利用客が少なからずいたのでは。 |
| ↑このページの先頭へ↑ |
真夏の風>WebSite上越線>上越線あれこれ>このページ